エスプレッソとチョコレートとノーベル賞

エスプレッソとチョコレートとノーベル賞
Espresso, Chocolate and Nobel Prize

テーブルの上に置かれた小さな白い器、深褐色の流体に揺蕩う泡沫と香、小さくひと呼吸置き一口喫する。すると昨日まで駆け巡っていたアイディアや情報が戻り新たな思考に結びつく。つぎに甘美な欠片が舌に融けると、ぼんやりしていた想念が像となりゆっくりゆっくり解像度が高まる…。僕にとってこれは二日酔いの日の朝に行う大切な儀式だ。このエスプレッソとチョコレートの体験で視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚、つまり自らの五感を覚醒し精神を取り戻しているのである。

仕事がら人間の創造性の向上に何が影響を与えるのか興味があり、日々観察したり論文を読みあさってるなかで、以前からコーヒーとチョコによる効果が気になっている。気になりすぎて発想力を向上させるコーヒーを自分で見つけてパーケージして親しいクライアントに配っているくらいだ。確かにコーヒーに含むカフェインやカカオに含むテオブロミンは人間の活力を増強し、疲労感を減少させる。この効果は、認識力や発想力の向上にもつながるものであることは生理学的にも証明されているが、体験をする環境によっても作用が変わるのでは無いかと思っている。例えばひとりなのか誰かとなのか、空間の密度は、家具、照明、騒音などなど。そんなことを思うようになったのはある研究所を調査してからだ。

Janelia Research Campus Bob's Pub
Janelia Research Campus Bob’s Pub

ノーベル賞を何人も輩出しているアメリカのハワードヒューズ財団が主催するジェネリアファーム研究所。バージニア州の片田舎にあるこの研究所には世界トップクラスの研究者が集まって分野を超えた融合型の研究を推進し成果を挙げている。ここに何度か訪れ気づいたことが、研究者同士の対話を促す媒体となっているものがコーヒーであるということだ。研究所の中央にはBob’sというパブがあり年間のランニンングコストが160万程するエスプレッソマシンがフル稼働している。研究者たちは心地よい自然光と緑の揺らぎ、チョコチップクッキーの甘い香りと適度な騒音につつまれたバーカウンターで、淹れたてのコーヒーを片手に異分野の研究者と出会い生産的な議論を行なっている。そして新たなヒントを得てそれぞれのラボに戻り実験を行う。ここでは上質なコーヒーが人を繋ぎ、発想力を高め、研究を促進していることが明らかである。

Cafeteria image

人は創造的な活動を長時間行うことは不可能だ。だからほんの少し立ち止まり、時間を止めて一杯のスプレッソとひとカケラのチョコレートを楽しむ余裕が必要なんだと思う。そして一人で思索を深めたり誰かとの対話のなかで、人類が抱える大きな課題を解決するような奇跡の瞬間が訪れるのかもしれない。

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